
| 画歴 1915 台湾で生まれる 1935 上京二科正宗得三郎先生の推薦で二科技塾に入る。熊谷守一先生、藤田嗣治先生に師事技塾コンクール賞を受ける 1937-1947 台湾で美術活動、戦争軍隊応召、終戦 1947-1987 九州天草鬼池に引き揚げる。埼玉県浦和市引揚者住宅に移住。裸婦(女の喜怒哀楽)をテーマシリーズにする。 個展 企画展22回 裸婦を描き50年 フランス自費留学/(仏)レオナルド・藤田学校にても師事 1989 埼玉県立近代美術館にて個展 1989 没 |


| 後藤後氏は、私を、絵を描くことの楽しさの中へ誘って(いざなって)くれた第一人者である。抽象画の何たるかを教えてくれたのも彼であった。『例えば、リンゴの外見を描くのが具象画なら、抽象画は匂いとか味とか香りとか、目に見えない部分を描くものなんだ』。そしてその日から、私の目の前には、無限の見えない世界の、あまりにも素晴らしくてステキな広がりが存在するようになった。 彼は、生涯数多くの裸婦を描いた。どの女性も、みな女神であり、天使であった。明日は戦場へ出て行って二度と帰ってこない兵士たち。その兵士たちを慰め、母となり妻となり恋人となって彼女たちは命の限り彼らを愛す。後藤後氏は何度もその姿を実際に見続けてきたと言う。日本人ではあるが、台湾(フォルモサ=青い島)で生まれ、育ち戦争の最中彼女たちに出会い、描き続けた。彼の絵は、彼女たちに対する永遠のレクイエムと言えよう。 |







