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旬なこのひと ---女優・歌手・画家 東丘いずひさん---
幅のある演技とつややかな歌声
人々に喜びをもたらす絵画力
女優であり、歌手であり、世界的画家でもあ東丘いずひさん。時代劇から現代劇、悪女役から優しい母親役まで幅広く役をなし、3オクターブの音域でシャンソンを朗々と歌いあげる。かと思えば日本画の顔料で描く個性豊かな抽象画は世界中の展覧会で入選、多数の受賞経験を持つ。そのエネルギッシュな活動の源は?
両親の愛情が活動の原点
「今にして思えば父の陰謀″にうまくはまったのでしょうね(笑)」 東丘いずひさんは、軽やかなソプラノで、高らに笑いながら語ってくれた。
書家であった父親は「3歳までの教育が大事」と、幼い娘を膝の上に乗せて絵の手ほどきをした。
「♪春よ来い、早く来い、歩きはじぬたみいちやんが♪、といった童謡、松島トモ子や小鳩くるみの歌も、全部父に教わりました」
子煩悩な父親は、娘がクラスで1番を取った時、小麦粉を練ってまんじゅうを作り、近所に配ったこともあった。
8才の頃、芸能好きな教師である母親に連れられ、初めて見た映画は、淡島千景の『黄色いからす』。そして、まだまだ「映画を見るな」といわれる時代に高校生の娘に映画代をそっと握らせてくれた。大学進学で上京後、渡辺プロダクション音楽院に願書を出したのも母親だった。両親の愛情をたっぷり受けた幸せな少女時代が、今のエネルギッシュな活動の原動力になっている。
「やりたいことば何でもやらせてくれた両親に、感謝しています」
ジュリー・アンドリユースに憧れて、やがてプロ女優になったいずひさんだが、演技に迷い、模索の日々もあった。
転機は20代後半。アメリカの俳優で演出家のリー・ストラスバーグと、トルコ出身の監督で俳優のエリア・カザンの演技訓練法を学んだ日本人から5年間訓練を受け、自分が納得できる、臨場感ある演技ができるようになった。
「せりふをまず覚えるのではなく、シチュエーションから考えるんです」
下着姿で客の前にいても、自分の部屋にいるように演技できる自然さが求められた。
絵を描くきっかけは、27歳の時。「ふと、亡き父の墨の香りがして、何気なく筆を持ち、『圧勝』と書いてみたら、案外うまく書けちゃって(笑)」どんどん書くように。台湾生まれの日本人画家グループ『フォルモサの会』の12人の画家たちに、色使いなどサジェスチョンを受けた。
「書に色を付けているうちに、丸や四角も入れてみたりして、抽象画になってきたんです」 以後、世界各国の賞を次々に受賞。
「抽象画は、日によって見る場所、見る位置、見る色も違う魅力があるでしょ。無理やり理解しようとしなくても、楽しむことが一番よ!」。
いずひの絵は人々の心に喜びをもたらす″と海外の審査員たちは絶賛する。
歌では、深緑夏代さん率いるシャンソンの会『るたん』のるたんフェスティバル20周年を記念して、『リヨン駅』 『暗いはしけ』など、十八番の16曲を集めたCD『今、ときめきの時』を1月にリリース。まさに、ときめき続けているいずひさんだ。
東丘いずひ″の名前の由来は、インドから見 「人様のお役に立つことや、楽しませることが大好き」というフレーズを、取材中、あらゆる場面で聞けた。
芝居にも歌にも絵にも共通するいずひさんからのメッセージは、その名のとおり太陽そのもの、「生きる喜び」の享受だった。
The Family 2007/2/23 (文・中込清美)
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